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2011ひっぽん丸ワールドクルーズ帰港

横浜らしい情緒ある風景を!




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コメント

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この客船の出港や帰港風景は、いつみてもいいものですね。

60年代のあるぜんちな丸やぶらじる丸のような移民船の大桟橋出港のアーカイブなんかみるとジーンときますね。もう二度と家族に会えない、恋人に会えない、日本の地を踏まないっていう壮絶な覚悟で南米開拓にいった人達の勇気にはほんと敬意を表したいです。

日本の若者の内向きがとかく言われますけど、日本男児はもともと目を外に向ける強い人間なんですから、いまいちど進取の気持ちをもってほしいものです。

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ふねさん、渡航の中心が客船であり、日本の玄関であった横浜。私の知らない時代ですが、大桟橋で客船の発着をみてると、日本の玄関であった横浜をイメージし、頭の中は空想で溢れます(笑)
今でも、ワールドクルーズクラスになりますと、他県ナンバーの運転手付き高級外車が続々と集まり、タクシーの列が開港広場辺りまで並ぶさまを観察してると、本来の横浜の姿だと感じますが、
果たしてどれだけの市民がこの横浜を知ってるのかな~ と・・・・
横浜の小学校での遠足等に大桟橋での客船見送りを組み込んでもいいかも知れません。

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小学生のころ、クイーンエリザベスⅡ号が横浜に入港するとき、近所の子供たちが揃って港に行ってしまい遊んでくれる子がいなくなった思い出があります。今思うと、その頃はまだ横浜港が持つ求心力がもっとあったのでしょう。

それから近所のお爺さんから聞いた話しですが、今の天皇陛下が皇太子だったころ、イギリスのクリーンエリザベス女王の戴冠式に出るとき、横浜港からプレジデントウイルソン号で出港したそうです。その時は大勢の人手で溢れ、子供は丘の上に行って船の出港を眺めたそうです。

70、80年代ナホトカ定期航路が顕在だったころ、ナホトカ号とかハバロフスク号の出入港はよく見ましたね。出入国審査を終わって先代の大桟橋から出てくるロシア人、欧米人、日本人旅行者の姿を眺めたりしてました。横浜がまだまだ出入国ゲートとして機能していることを実感したことを記憶しています。その頃は新港埠頭はバリバリの現役で、コンテナ船でない、今では目にすることが珍しくなったバラ積みの貨物船が岸壁一杯に接岸してました。赤レンガ倉庫も現役でしたよ。当時は埠頭にいくと、倉庫特有のツーンとする臭いを今でも覚えています。山下公園も真正面の海上に岸壁に接岸できなかった貨物船がたくさん停泊してました。横浜港の沖合は入港待ちの船で溢れていました。80年代初頭まではそんな感じでした。

当時当たり前の事が今では貴重な思い出です。大桟橋、大黒、本牧、南本牧のコンテナ埠頭など、その機能や歴史は知れば知るほど味があるものでし、横浜への愛着を喚起するものですから、小中学校の学校教育のなかでもっと取り組んでもいいはずですね。

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ふねさん、興味深いコメントありがとうございます。私もQEは見に行きました。
こないだ写真を整理していたら当時、買ってもらった一眼レフで撮った露出のあってないQEの写真が出てきました。
懐かしいです。

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taska

Author:taska
高層ビル、開発、客船、夜景、写真、飲み会、犬が好きです。
知り合いからの話し他、噂話し程度の情報等も妄想を加え記事にします。
開発進捗等は、基本的に携帯からのアップロードで記事を掲載します。
誤字脱字、駄文での文章が多数のブログですがご容赦を(笑)

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