スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

横浜西口STORY










今日は曇りです。

所用で西口へ行ってきました。

最初に五番街の先にあるハンズへ、ここは下手に来るといらない物を買ってしまう危険ポイントです(笑)

次にドンキーへ寄りました。

震災で被害を受けたダイエーも再開しております。

五番街へ来ると思いますが、来街者の殆んどが若年層の為おじさんは歩きづらいです。




西口ダイヤモンド入口まで戻ってきました。ステーションビルには解体工事用ゲートが設置されています。
仮囲いには、こないだ閉店したCIAL50周年記念写真集横浜STORYの中身一部が掲げてありました。

数分間眺めていたら写真集が欲しくなり速攻でダイヤモンド有隣堂へ。

写真集を眺めていて思いました。現在の横浜駅は乗降客数200万、駅周辺の小売り規模は渋谷以上です。
資材置き場のような荒れ地だった場所がたった50年でここまでの発展をした場所ってありますかね?

改めて驚きます。

40年前の西口交番前の写真では既に今と同じくらいの人出があり景色(建物)があまり変わってない(笑)


急成長の街ですと新横浜もそうですが、新横浜、横浜駅って国鉄に振り回された半世紀でしたね。

両街共キーワードは横浜(関内都心・横浜駅)スルーです。

在来線はご存知の通り横浜駅は桜木町にあり、戸塚方面へ向かうにはスイッチバック方式で向かっていましたが、時間短縮の為に高島屋付近に移り、更に直線にしたい為に現在の位置に移りました。
新横浜は更に直線で名古屋へ向かいたい為に横浜駅すらスルーし田園風景ど真中に新横浜駅を作られました。


その昔、在来線特急こだま(東京―神戸)の停車駅が東京―名古屋―京都―大阪―神戸と発表され、横浜の関係者の猛抗議で横浜停車を実現した経緯からして、
当時の国鉄時代から現在のJRまで続く横浜冷遇。

しかし横浜駅、新横浜駅も国鉄の仕打ちを跳ね返すかの発展を遂げています。


一番下の写真は、そんな横浜駅の歴史的発展の牽引役である、相鉄の街作りでの苦労をまとめた本で「横浜西口開発物語」です。

現高島屋の場所への三越出店依頼~挫折、高島屋出店VS伊勢佐木町などなど読みごたえ十分です。

これら横浜関係の本は有隣堂の郷土コーナーで殆んどが揃います。



下かは二番目の写真は私の本日購入目的である蕎麦です。

高島屋B1の「芝安」と言うお店の蕎麦で、一人前420円と高めですが、ちゃんとした蕎麦屋さんで食べるような美味しい蕎麦が家庭で楽しめます。

スポンサーサイト

コメント

§

有隣堂は横浜研究家にとっては聖地です。

横浜は江戸から港を離すことや外国人を遠ざける為に開港した場所ですから生い立ちそのものが東京を補完するためにあったような都市です。戦後もGHQの接収が東京の代わりに横浜でおこなわれるようなって横浜都心が接収されてしまうこともありました。戦後の東京の人口スプロールをまともに受けて昼間人口が減ったり都市計画が遅れる要因になりました。

それでも、横浜が存続したのは横浜を愛する人達のけして諦めない決意があったからですね。

§

名無しさん、私も暇さえあれば有隣堂へ行って新作のチェックをしてます。
仰る通り横浜の歴史的実情はメディアで取り上げられているほど華々しくはなく、苦難続きでしたね。何とかここまで来た、と言う感じです。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

taska

Author:taska
高層ビル、開発、客船、夜景、写真、飲み会、犬が好きです。
知り合いからの話し他、噂話し程度の情報等も妄想を加え記事にします。
開発進捗等は、基本的に携帯からのアップロードで記事を掲載します。
誤字脱字、駄文での文章が多数のブログですがご容赦を(笑)

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
最近の記事
FC2カウンター
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。